「そうだ京都、行こう」ではないが、なんとなく六波羅蜜寺の空也上人像が見たくなったので、品川駅でメタボリックな体を新幹線に押し込んだ。
たまたま乗った列車はN700系という最新の機体のようで、腰が前に押し出されるような不思議な加速感と、全体的な振動の少なさが印象的だった。
宝物収蔵庫は撮影禁止だったので撮影はできなかったが、はるか学生の頃から学校の副読本などで目の当たりにしてきたあの写実彫刻の粋を極めた木像を実際に目の当たりにすると、やはり感慨深いものがある。意外だったのは、目算で高さが約1メートル20センチ程度と小さかったことで、写真の印象から勝手に1メートル80程度と思っていただけに、少々拍子抜けがした。しかし、もちろん実際の空也上人の身長が1メートル80センチであるわけでもないし、また逆に1メートル20センチであるわけもない。さらに言えば、この像が制作されたのが没後200年以上してからであることから、本人がこうした容貌をしていたのかさえも不明なのであるが、それはもはや問題ではないだろう。
上人像の下には大学ノートが置いてあり、この像を求めて日本中からこの寺を訪れてきた数多くの人間の感想が、いろいろと思い思いの言葉で書き込まれていた。その中には明らかに僕よりも遙かに若い人間による感想も数多く見られた。もしこの木像がなければ、僕を含めてほとんどの人間は上人の事を知ることはなかったはずなのだが、仮に上人がこういった容貌をしていなかったとしたら、果たして本人はこれをどう思っているだろうか。あるいは、あの世で微苦笑し続けているのかもしれない。偶像にはこうした効果もあるのである。
六波羅蜜寺だけでは、いくらなんでももったいなさ過ぎるので、その足で近くの清水寺に向かう。例によって観光地化して外国からの観光客や修学旅行生がひしめく参道の坂道を、突き出たお腹で押し分けながら、本堂にたどりついたのだが、ここも観光客だらけでとにかく騒々しいことこの上ない。そんな中でも興味深かったのが随求堂の胎内めぐりだったが、それ以外は俗っぽい観光地そのものであり、もともとあまり騒々しいのは好きではないので足早に境内を巡る。
境内を少し巡って、舞台の下を通ったときに大きな柱が目に入ってきた。今となっては世界的にも有名になってしまったおなじみの舞台と本堂を、数百年にわたって崩れることなく支え続けてきた柱なのだが、実際のところこれを作る技術は相当なものだと思う。総計139本とも言われる巨木を加工して、こうした機能的にも美的にも遜色ない柱群を構築するのはやはり並大抵ではない。本堂や舞台の造形美よりもはるかに雄弁に、時代を貫く人間の可能性を物語っているようにも思えるのだが、どうだろうか。
少し行くと、蝦夷の軍事指導者で坂上田村麻呂に敗れて降伏し最後は処刑された、アテルイとモレの顕彰碑があった。先に述べた可能性の追求には、こうしたかたちで血も大量に流されたわけである。ほとんどの人間がこの顕彰碑には気づかないが、こうしたことはやはり忘れてはいけないと思う。
大阪市内でサウナに入って一休みした後に、関西空港に移動。実は今回の日帰り旅行は、スターフライヤーの機体に乗ることも目的の一つだったのだ。羽田-北九州に就航して以来、独自の黒いデザインの機体と全席黒の本革張りシートが気になっていたのであるが、さすがに北九州に行く用事はないのでどうしようかと思っていたところ、関西空港線に参入したので、試しに利用してみたわけだ。別に飛行機マニアというわけでも、新しい物好きというわけでもないのであるが、キャンペーンで9月中は全席片道7,900円になると聞けば、やはり乗らないと損だろう。しかし変な性格である。
ゆとりのある本革張りシートの後部には、すべて液晶ディスプレイ標準装備という贅沢な作り。操作画面のデザインまでがきちんと統一されているのが好感が持てる。
個人的に一番嬉しいかったのが、この航路表示だった。飛行機に乗っていて一番不満なのは、いったい自分が今どこを飛んでいるのかがほとんどわからないことだったが、このディスプレイで地図表示モードに切り替えると、現在地を地図上にリアルタイムで、それもGoogle Earthのような衛星写真の上に表示してくれるのだ。他の航空会社でももちろんこうした機能を装備している機体はあるのだが、表示があまり詳細でなかったりして不満の残るものだっただけに、これは思わずじっくり見続けてしまった。関西空港と北九州だけでなく、新千歳にも就航して欲しいものだ。
羽田空港に降りたってふと見ると、満月が空に輝いているのが見えた。
ふと、人間はここまで来たのだ、とそう思った。