映画「スピード・レーサー」を観た。
本当は宮崎駿の「崖の上のポニョ」を観ようかと思っていたのだが、こっちはそろそろ上映終了らしいし、「マトリックス」トリロジーの監督の作品ということもあって、急遽予定変更とした。実のところ、夏休みで大挙して押し寄せてくる子供たちに囲まれるのは、正直かなわんなと思ったからでもあるのだが。
作品の方だが、とにかく恐ろしく多彩な色彩を画面で猛烈なスピードで乱舞させつつ、それでいて全く破綻を見せず、一貫したスタイリッシュな映像として完成していることに驚かされる。それでいて不思議とサイケデリックな印象を受けないのは、デザインの妙だろう。一昔前に、ゴーグルに大量のLEDを取り付けて、その高速点滅で眼精疲労を解消するといったアイディアグッズ(これがなぜか検索しても出てこないのだが)が外国で発売されていたような記憶があるのだが、もしかしたらあれで得られた快感はこれに近いものがあったのかもしれない。ストーリーやスピード感で爽快感を得るだけで無く、色彩である種の即物的な快感を感じたのはこの映画が初めてだ。この作品のDVDが出たら間違いなく購入することだろう。疲れをほぐすために(笑)
ストーリーはもちろん原作がアニメなのだし、ご都合主義だったり首をかしげたりするところもあるのは当然なのだが(たとえば途中のレースで大破したような描写が無いのにもかかわらず、どうしてまたマッハ号を家族総出で再製造するのか?とか)、それを面と向かって批判するのは筋違いだろう。むしろ喜んでそういたご都合主義的な部分を意図的に処理してみせることで、ある種の快感と笑いにつなげてしまうあたり、この監督兄弟がこの映画化プロジェクトをノリにノってやっていることが伝わってほほえましい。それでいて意外にしっかりとそれらしきメッセージも入っているし、「マトリックス」トリロジーとどこか通底するものも感じられて興味深い(少なくとも、どちらも最終的には清濁併せ呑むことで自分の殻を破る「救世主伝説」になっているのは確かだろう)。
聞くところによるとこの作品、世界的には興行不振らしい。しかしこれは考えてみれば当然の話だと思う。日本本国でさえまともに全話を通して観られていないようなアニメの映画化なんて、誰もがあたまに疑問符が浮かぶはずである。僕にしても、昔再放送で観たような記憶もあるが、それも子供の頃で、しばらくすると絵柄の古さ故に編成から駆逐されてしまい再放送もされなくなったような作品のことなんて、ほとんど断片的なビジュアルの記憶ぐらいしか残っていないのだ。だから売れなくて当然だし、それはおそらくは監督にしろ映画会社も承知の上のはずである。逆に言えばその分愉しめたわけなのだが。
おそらくこの作品にしても、宣伝上では元のアニメ版はアメリカで好評を博したことになっているが、実際は一部のマニアにしか記憶されていない作品のはずだ。ネットで検索してみても、確かにいくつかファンサイトは見受けられるが、マーベルコミックのヒーローものやスタートレックシリーズなどの、それこそ日本人からすると唖然とするような熱狂的な受容のされ具合と比べると、当然のことながら圧倒的に差がある。僕は映画館の中でめくるめく色彩の乱舞に酔いしれながら、ふと、こういったマイナーな作品にしがみついていた若かりし頃の監督兄弟の、どうしようもない孤独と熱狂を想像してしまったのだが、それを肯定的に受け止めることが出来るのは日本人の特権なのかもしれない。監督がそれを意図しているのかどうかはわからないのだが。